浪人時代の話①

僕は1年間浪人生活をした。今回はそのことについて書こうと思う。

僕が浪人時代お世話になったのは河合塾のような大手予備校ではない。一部の田舎に設置されている補習科というところだ。

ここで補習科について説明する。補習科というのは大手予備校のない田舎に設置されている、高校併設の予備校のようなもの。自分の地元の進学校にはだいたい設置されていた。運営しているのはPTAや高校の後援会で、講師はかつてその高校で教鞭をとった定年を過ぎた教師が主となっているというものだ。

自分は高校時代にほとんど勉強をせず授業中もほとんど寝てる上に宿題もほぼしなかったため、現役時代はセンター試験で630点しかとれなかった。そんなくせして旧帝大に進学したかった自分は浪人せざるを得ず、大手予備校がない田舎では自然と補習科に進学することになった。

一応、補習科に入るためには入学試験を突破する必要がある。まあ、これは学力把握が主な目的なので落とされる人はまずいない。どちらかというと高三時の担任と補習科との事前の折衝が大事みたいだ(あまりにも成績が良くない生徒や私立志望の生徒などはここで拒否されるみたい)。なお併設されている高校出身ではない人も年間数人は入学する。

入学式も一応あって、後援会の会長や高校の校長が挨拶する。「補習科は大変だぞ」というようなことを言っていた気がする。

補習科生の日常は本当に味気ない。

朝は8時から自習の時間が始まる。これに遅れると怒られるし、ぎりぎりでも怒られる。僕はいつもぎりぎりに教室に駆け込んでいたので、小言を何回か言われた。「ぎりぎりに来るやつはいい大学に行けない」のような。この自習の時間に急いで宿題をやっているやつもいた。浪人生になってまで何やってんだとは思ったが、かくいう自分もその中の一人だったこともあるから強くは言えない。

8時半から古典の小テストが行われる。英語じゃない。古典だ。これに落ちると、間違えたところの答えを数十回書いて提出しなければならない。僕は理系なんだけどと思いながらも一応勉強した。この古典担当の熱血おばあちゃん先生がなかなかに厄介なのだが、その話はまたの機会に。

朝礼が終わって、8時45分から1限が始まる。そこから7限つまり17時くらいまで授業が続く(もちろん休憩を挟みながら)。先生の調子が良いと8限が開催される日もあった。一応、補習科の授業では寝なかったと思う。授業はそこそこ面白かった。

授業が終わったら19時まで自習の時間があり、帰宅の途につくことになる。そこから外部の自習室に行く人もいたが、自分は直帰して4時間くらい勉強して1時くらいには寝ていた。

平日はこんな感じで、土曜日は模試を受けるか8時〜17時まで強制自習かといったスケジュール。日曜日は休みで1日フリーで勉強できる唯一の日だったが、なんだかんだサボっちゃって7時間くらいしか勉強できてなかったかな。

ちなみに自分が通っていた補習科は高校の敷地内にある講堂の半地下部分の教室に設置されていた。半地下っていうのが補習科生の心情を表しているようでわりと気に入っていた。卒業してもなお高校に通っているのもパラサイト(寄生)感ある。ほぼ「パラサイト半地下の家族」。

そうそう補習科は高校の敷地内にあるため、補習科生は学生服(学ラン)で通うことが義務付けられていた。浪人生のことを十把一絡げにして高校4年生と呼ぶことがあるが、学ラン着て高校に通ってるんだから補習科生こそ高校4年生だ。ちなみに補習科生はセンター試験も学ラン着て受けなきゃいけない。変なルール。

味気ない補習科生活にも楽しみはある。それは秋口におこなわれる補習科対抗ソフトボール大会だ。県下の補習科が集まりどこの補習科が1番ソフトボールが上手いかを競うという意図がよくわかんない大会。うちの補習科は元野球部が数人おり、その元野球部員が最後はサヨナラホームランを放って優勝を決めた。一方僕は大事な場面でエラーするなど散々だったけど。

ソフトボール大会が終わるとあとはただひたすら勉強するだけ。息抜きは補習科で育てている野菜の管理くらい。そこで育てたミョウガが本当に美味しかったことをよく覚えている。

幸か不幸か、現役時代にほとんど勉強しなかっただめに点数が概ね伸び続けていたから勉強はそんなに苦しくなかった。ただ、センター試験の1週間前にやったZ会のパック模試で去年のセンター試験と全く同じ630点を取った時は本当に死にたくなった。だいたいZ会のパック模試なんてめちゃむずいんだから直前にやらせないでくれよって話なんだけど。

センター試験、二次試験と無事僕は志望校に合格することができた。補習科生のほとんどは(途中で変えることはあったろうけど)第一志望に合格でき、補習科生全員がどっかしらの国公立大学に合格したみたいだ。まあ地方のしがない補習科にしたら上出来なんじゃないかな。

一応最後に卒業式があって(僕は行けなかったけど)補習科生の1年は終わる。そういえば、卒業式のあとに、補習科の入学試験の監督をやった気もする。

先生たちは厳しかったし宿題もきつかったけど、補習科生活は結構楽しかった。その大きな要因は友人関係にあると思う。

補習科生は高校生に対するコンプレックスが激しい。まあ、すぐそこにキラキラ高校生が跳梁跋扈してたらいい気持ちはしないよね。そのコンプレックスは補習科生の団結を強める。特に学園祭で高校生諸君がわいわいしてる時、補習科生の勉学への熱意は普段以上に強くなる。高校生という仮想敵(?)がいることによって補習科生同士は結構仲良かった。

教室以外でもよく一緒に過ごした。朝6時にファミレスに集合して一緒に勉強したり、模試のあとみんなとお好み焼き食べに行ったり。みんなと見に行った乃木坂46メンバー主演の映画(あさひなぐ)は、脚本も演技もアレだったけど人生で見た映画の中でもトップクラスに楽しかったな。

急に授業サボって山に行くやつとか、自分の髪を引きちぎって山作ってるやつとか、変わった人もいた。でも変わってても勉強さえしてればだいたいのことは許される環境なんだよね。まあ、今思うと補習科ってある種のユートピアなのかもしれない(そんなことはない)。

かなりまとまりがなくなってしまったけれども、今回1番書きたかったのは補習科生活は結構充実した楽しいものだったということ。また戻りたいとは思わないけどね。みんなで同じ方向を向きながら努力する様は、僕にとっての1つの青春であったことは間違いないと思う。

現役合格できればそれに越したことはないが、補習科生活ひいては浪人生活もそんなに悪くないと僕は思いますです。

本当は補習科の個性的な先生たちについても書きたかったんだけど、あまり長くなりすぎるのもあれなので今回は終わり。気が向いたら次回書きます。

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