かれこれ柔道を17年間ほどやっている。
始めたきっかけは、柔道をやっていた父親に対する憧れに加え、幼稚園の頃に見たアテネ五輪での柔道競技で活躍した日本人選手に対する憧れだったと記憶している。
まあ、今となってはそこら辺の記憶も曖昧ではあるのだが、柔道を始める時に父親に言われた「やるならやめるな」を守り続けて未だに柔道をしている。
自分からやりたいと始めた柔道だったが、小学生の頃は練習に行くのが本当に嫌だった。特段練習が厳しかったわけでもなく、強い道場に通っていたわけでもなかったのだが、自分は本当に弱かったので楽しくもなんともなかった。ただ父親に言われた「やめるな」を守らなきゃなぁという思いで続けていた。
中学校にあがったらやめてやろうとも思ったこともあったがなんだかんだ続けることにした。僕の中学の柔道部は本当に弱く、その中だと自分はまだ強い方だった。周りに勝てる喜びは小さくなく、少しだけ柔道が好きになった。まあ、相変わらず弱かったけど。
高校は進学校の中で柔道をするのに最も良い環境だなと思ったところを選んだ。そこは部員の少ない弱小校だったが、顧問の先生が講道館杯で優勝したこともある元オリンピック候補選手だった。その先生は女性だったこともあり実際に手合わせすることは多くはなかったが本当に熱心に指導して下さった。連休があれば毎回全国各地へ遠征に連れて行ってくれた。東京、大阪、京都、岡山、鳥取、広島、福岡。夏休みには1週間ぶっ続けで合宿したこともあった。盆・正月も各3日間くらいしかなかったし、練習もほぼ週7だった。その熱意には感謝しかないし、今でも先生には頭があがらない。
しかし正直柔道のことは嫌いになった。どこの遠征先に行っても1番弱いのはいつも自分で、ボロ雑巾が如くなるまで投げられる上に弱いやつには居場所はなく邪険にされ続ける中で、精神も肉体もぼろぼろになった。普段の練習でも、いつの間にか部員が自分1人になった。そのためできることは、たまに外部から来て下さる方と練習したり1人で出稽古に行ったり1人で筋トレをしたりだけ。ひとりでトレーニングしている時の道場はあまりにも広く虚しかった。
そんな状況でも続けられたのは「やめるな」と、もう1つ父親がくれたこんな言葉のおかけだった。
「継続は力なりって本当なんだな」
これは自分が初めて県大会で3位入賞を果たした時に父親が言ってくれた言葉だ。
本当にうれしかった。苦しかった練習や遠征など、それまでの過程や努力全てが報われたと思った。ただただ続けていただけの柔道に初めて意味が生まれた。あの時やめなくて良かったと心の底から思えた。
その後、僕は努力を重ねて県チャンピオンに…なんて展開なら良かったのだが、それ以降はもう1回県3位になっただけで、特に最後の大会は本当に悔いが残る形で負けてしまった。それでも柔道は続けたいという思いは変わらず、今の今まで柔道を続けている。
たぶん父親はそこまで考えて「やめるな」と言ったわけではなかったのだろう。実際、父親は「やめるな」と言ったことを覚えていないみたいだ。「継続は力なりって本当なんだな」と言ったことも覚えていないのだろうが、結果的にどちらの言葉も僕を支える言葉になった。
続けること。それ自体に意味はないかもしれないけれど、いつかそれに意味が生まれることがあるかもしれない。そしてその時の喜びは何にも耐え難いはずだ。
生憎柔道以外に続けたいと思えるものに出会えていないのだが、いつか出会えた時には柔道と同じように目一杯続けてやろうと思う(心身壊さない範囲で)。
移り気な世間の中で、続けることの尊さを信じながら、続けたいと思えるものを探すために僕は生きていきたい。たぶんそれが僕の生きる意味なんだろう。

コメント